鉄道社宅
Tetsudou-syataku

町名由来

明治41年の土崎工場操業と同時に「鉄道官舎」として歩み続け、平成元年の子供曳山の奉納を機に「鉄道社宅」町内となる。

平成30年度 <外題> 豪破荒鷲 勝鬨の光明

寿永3年(1184年)、一の谷に進軍中の源義経は道案内の猟師、鷲尾三郎義久が、眼前に襲いかかる大鷲を一撃にて倒す様子を見て、戦いの勝利を予感した。鷲尾の働きで険所を越え『鵯越の坂落し』の奇策で総攻撃をかけ、平氏軍を見事に粉砕した。のちに、義経の郎等となり、平泉で討ち滅ぼされるまで運命を共にした。

平成30年度 <見返し> おらほ(土崎)だば もぐもぐタイムで かすべ食う

平成30年度 町内情報

●委員長 : 水戸 哲
●曳山置場: JR秋田総合車両センター社員会議所駐車場
●会 所 : JR秋田総合車両センター社員会議所

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