おまつりに携わる人々

地域に根差した祭典の運営体制

土崎神明社祭の曳山行事は、歴史と伝統ある地域の祭典として、神社関係者だけでなく多くの地域の人々や関係団体が、その運営に携わっています。現在では、以下の図のような運営体制のもと、各関係行政機関の指導や協力を得ながら祭典の運営・管理が行われています。

土崎港曳山まつり 総合本部役員組織図




タスキの縁取りにみる曳山奉納に携わる人々

曳山運行に関わる各町内の関係者は肩からタスキをかけており、このタスキは各町内の一員であることの証しのほか、その曳山におけるそれぞれの役割を示しています。タスキの縁取りの色は役割ごとに全町内統一されており、タスキを確認することで、その人の役割を確認することができます。

tasuki委員長
町内の曳山の最高責任者。土崎に住む者にとって、その人生の中で曳山委員長を務めることは、非常に名誉なこと。
tasuki町内会長
町内の代表。町内の責任者。
tasuki顧問・参与・相談役
委員長経験者や町内の伝統・曳山行事についてのアドバイザー。
tasuki副委員長
規定では若干名となっているが、2、3名の町内が大半で、委員長のサポート役。
tasuki総務
曳山行事の全般をサポートし、各役割がスムーズに実行されるよう手配する。寄付集めや金銭授受の全てを担って「総務」とする町内もある。
tasuki会計
会計の管理。この他、自町内の曳山が他町内を通るときに、付近の各世帯から寄付金を集めることもある。
tasuki警護
曳山が安全に運行できるよう全体に目を配り、また曳子や観衆が事故等に合わないよう、徹底して安全対策を行う係。
tasuki進行
事前に提出された運行計画に基づき、時間通りに曳山を運行させる係。町内によっては渉外を兼ねているところもある。
tasuki渉外
曳山と曳山が交差する際、どちらが先に行くか等を交渉する係。曳山運行よりやや先に行き、他町内との交渉を行う。
tasuki音頭取り
曳山は音頭取りの歌う「音頭上げ」の合図で動き出す。曳山運行のきっかけであると同時に、進路変更や方向転換など振り方や槍つきと共に安全な運行を担う。
tasuki振り方
曳山が安全かつスムーズに運行されるよう、長い木の棒(振り棒)を車輪に当てて、曳山の速さや進行方向を調節する係。
tasuki演芸
秋田民謡を中心とした踊りを披露する。近年は女性が中心。特に秋田音頭は多くの町内が披露する踊りである。
tasuki給与
主に祭典期間中、食事や飲料等を手配する係。曳山運行とは離れ準備等を行う縁の下の力持ち。




演奏を担う囃子音の職人

祭りで演奏される囃子は「港ばやし」と言い、秋田県内では、仙北市角館の「飾山ばやし」、鹿角市花輪の「花輪ばやし」とあわせて「秋田三大囃子」の一つに数えられます。

港ばやしは戦前までは家元制度、または世襲という形で受け継がれてきましたが、戦後は、港和会、娯笑会、しぶき会、若波会の4つの会が、伝統民俗芸能の保存と継承を目的に、昭和55年に港ばやし保存会を設立。各町内の依頼を受けて囃子の演奏を担っています。

港ばやしがどのように生まれたのか、その経緯は定かではありませんが、関ヶ原の戦いの後、秋田へ国替えされた佐竹義宣の前の城下町であった、現在の茨城県常陸太田市には、「天神囃子」という「港ばやし」の曲の一部と非常に似ている囃子が伝えられており、佐竹氏と共に秋田に移り住んだ人たちの芸能文化と、秋田にもともとあった芸能が結びついて現在の港ばやしが生まれたとも考えられています。

土崎の港ばやしには、現在、「寄せ太鼓」「港ばやし」「あいや節」「港剣ばやし」「加相ばやし」の五つの曲があります。昔は、「丹前ばやし」「浴衣ばやし」という曲もありましたが明治後期から大正の頃に途絶えてしまいました。噺子の曲は、曳山の出発や神興の送迎の時などに演奏される曲である寄せ太鼓と、主に行進曲として演奏されるその他の曲に分けられます。それぞれの曲は祭りの全体の流れのなかで、場面にあった見事な選曲が行われています。

なお、港ばやしの楽器は、太鼓、筒、三味線、摺鉦、小鼓が用いられます。



港ばやしの曲目

寄せ太鼓

7月20日と21日の昼、穀保町で神輿を送る時まで演奏される。「人々を寄せ集める」ところから寄せ太鼓と呼ばれ、雰囲気を盛り上げる、賑やかで威勢の良い曲。

港ばやし

7月21日、御幸曳山の時に演奏される。寄せては返す日本海の波の如く、勇壮豪快で、港っ子の心意気を伝える。「本ばやし」とも呼ばれる曲。

あいや節

7月21日、戻り曳山で演奏される。盆踊りの曲がもとになっているとも、全国に様々な形で伝えられている「ハイヤ節」を起源としているとも言われている。哀調漂う祭り終盤にふさわしい曲

港剣ばやし

7月21日、御幸曳山の時に演奏される。リズミカルなテンポが特徴で、大正時代中期に一時途絶えたが、昭和31年に復活・復元された曲。

加相ばやし

7月21日、御幸曳山の時に演奏される。明治22年、土崎港町に隣村の相染新田村が合併された時に創作され、「相染が加わる」ことより「加相」と名付けられた。一時途絶えたが、昭和31年に復活・復元された曲。



職人技を持つ曳山の船頭役音頭取り・振り方

音頭取り

音頭取りは、曳山に出発や止める合図を出す、いわば船頭役です。拍子木を打って、様々な合図を出します。音頭取りが拍子木を打って、曳山の出発を周囲に伝えると、曳子たちが綱を持ち、同時に音頭取りが「音頭上げ」を始めます。例えば、出発のときは「ドートコドートコセ」という音頭上げ(上声)に対し、曳子たちが「ハラヨーイヤナー」と応えます(下声)。音頭上げには場面に応じた様々な種類があります。曳山がなかなか動かない時は「これでも行かねば神々頼む」と発声するなど、祭りの状況に応じて歌を使い分けたり、即興で歌をアレンジすることもあります。

振り方

振り方とは、音頭取りと振り棒を担う方々を指しますが、単に振り棒を担う係だけを指して振り方とも言います(ここでの振り方は振り棒を担う係のこと)。振り方は、音頭取りの指示や曳子の動きに合わせて曳山の速度や進行方向を調整する役で一つの車輪に一人ずつ付きます。ニセアカシア、サクラ、ナラなどでできた長い木の棒(振り棒)を車輸にあてがい、4人で息を合わせながら曳山を巧みにコントロールします。振り棒は、先を削って角度をつけたり、つぶしてほうき状にしたり、木の長さや種類も使い手によって様々です。また、曳山の車輸に油をさして動きを調整するのも振り方の仕事で、油は、軽油に白絞油などを加え、それぞれ独自の配合で混ぜて使います。この他、曳山を曳く綱を「槍」に巻き付ける槍出しの作業や、曳き綱の長さの調整など縄に関する作業を担っています。


町内自慢の踊りで華を添える演芸

勇壮な曳山運行の中で披露される演芸は祭りの見どころの一つです。昭和6年(1931年)に新町の男性が女装をして披露したのが始まりとされています。

近年は女性が主流となっていますが、輪踊りを中心とした子どもたちによる演芸と併せ、曳子や観衆を楽しませるものとなっています。特に秋田を代表する民謡「秋田音頭」は多くの町内で披露されていて、手踊り・花笠音頭・組音頭からなる三段返しは、多くの観衆を魅了します。また、「港小唄」や「みなと曳山車音頭」など土崎に縁のある曲もあります。

土崎港曳山まつりについて